症例ストーリー 対話の深掘りから本質ニーズを探る

介護分野の症例で大事なことは、well-beingというゴールを決める過程にある対話とか、どう関わって、その中で専門性を出したのかがポイントになる。

既存のスライド発表とかだとどうしても伝えにくい印象があり、せっかくだからブログで、物語風(?)にしちゃえって思って書き出しました。

 

私:PT

A:症例の方

 

A「なんかもう、リハビリやる気なくしてきた」

急に言われたから驚いた。

 

Aさんは私が勤めている通所リハの利用者で、自分でもよく動いて、良くなろう!という気の強い方だった。

Aさんが通所リハを利用するようになったのは1年ほど前のこと。ここでAさんの情報を少し。

 

 

現病歴:3年前にL3の腫瘍骨折で脊髄が圧迫され、左下肢に麻痺が残存

現状↓

・左下腿三頭筋の痙性

・左前脛骨筋と足趾伸筋の筋力低下

・左前足部から足趾の感覚鈍麻

・腫瘍の治療は良好で寛解

・屋外杖歩行自立。買い物も一人で行く。

・性格は一本気でこだわりが強い

 

退院してからも、車いすを卒業する、家で歩行器無しで歩く、杖歩行で買い物にいく…など様々な課題をクリアしてきたAさん。

この前も、「免許の更新をする」という課題をクリアしたばかりだった。

 

私「え、急にですか?何かありました?」

A「しびれもとれへんし、良くなってるかもわからんし…何のためにやってるかわからんくなってきた」

私「しびれはねぇ…確かに目標がひと段落ついた時ってそう感じますよね」

A「何か目標言ってくれんとやる気出ないやないか!」

(え、目標ってコッチ発信?)

私「何かしたいことあります?」

と、恥ずかしいぐらい浅い質問をする私。

 

A「急に言われてもなぁ…自転車に乗りたいな」

私「あ、いいですね!頑張ってみましょう!」

浅い質問からの浅いゴール設定…でも、この時は本当に“自転車乗れたらええなぁ”と私も考えていた。

 

後日の通所リハにて。

自転車に乗る工程は、

「置き場に行く→自転車を持ってスタンドを上げる→自転車を引き出す→またがる→ペダルに足を乗せる→バランスをとって漕ぎ出す」

 

では一つずつ評価しよう!

実際の自転車はないのでグラつく支持物を持ってまたぎ動作を模倣すると、

A「怖いわ。これじゃ無理や」

私「まぁ、初めてなんでね」

A「自転車はもっと先や」

自転車の模倣動作がうまくいかないのは仕方ない。

ただ、Aさんに前を向かせることが出来なかったのがモヤモヤした。

 

ここで新しい目標を作るか?

いや、なぜ自転車に乗りたいと言ったのか深掘りしてみるか?

やはり後者の方が良さそうだ。

 

私「たぶん自転車にこだわりありませんよね?成果を感じたいんですよね…?」

A「そうそう。頑張っとるんやから何ができるようになるとか、努力の成果が欲しいのよ。それがないと頑張れんわ」

私「わかりますわー。じゃあ自転車とかよりもうちょっと手前の話をした方がいいのでは?歩くのは何も不自由ない?」

◯「いや、あるよ。歩いてると膝痛くなるし、そんなに速く歩けへんし」

 

ここでやっとPTっぽい評価を紹介。

GDS15(抑うつの評価):4点

歩行速度:0.57m/秒

歩行時の膝痛:NRS8/10

歩行の特徴:左反張膝

 

私「え、そんなに膝痛いですか?」

A「痛いよ。歩いてると痛くなってくんねん!」

(まさか8/10の痛みとは…普段言ってなかったと思うんやけど)

 

全体的な印象は、

・歩けてるけど、歩行能力自体は低い。

・GDS15は5点から抑うつ気分なので、ギリギリ抑うつじゃないという精神状態。

・これまでも筋トレはしっかりしてた。だからリハ内容も何か変えないといけない。

 

Aさんが歩きやすく感じ、これらの評価結果も向上するという成功体験。これこそが意欲向上にもつながるはず!

そのためには…

 

私「装具とかどうです?」

A「入院中に勧められたよ。でもまだよくなるやろと思っていらんて言ってん」

私「左足に変な力が入っちゃって膝が伸びきるから痛くなるし歩きにくいんですよ。装具つけるとマシになるかも。試してみます?」

A「ホンマ?やってみようか?」

 

この状況を打開するために短下肢装具を提案した。

下腿三頭筋の痙性を抑制し、反張膝が軽減すれば膝痛の軽減にもなるし、下腿前傾の推進も得られるので歩行速度も上がるはず!

装具屋さんにデモ借りて、主治医の先生に許可取って…さて、本人の反応は?

 

A「これええやん!練習したらもっと歩けそう」

表情もパッと冴えた。

 

もちろん、装具療法だけでなく、膝のコントロールの練習や筋力強化も継続し、1ヶ月後…

 

GDS15:1点

歩行速度:0.73m/秒

歩行時の膝痛:2/10

歩行の特徴:反張膝は軽減。動きはまだ硬い。

 

歩行の動画を見せると、

A「やっぱり下向いてんな。怖いから。慣れていくよう頑張るしかないな。でも膝痛いのがなくなったからよかったわー」

私「装具もずっとつけとくもんじゃないですからね。それをつけて正しい動き方を学習させることが目的やし」

A「わかってるよ!これ外して杖も外して歩くんや。いつまでも介護保険なんかしたくないし」

まぁ、病識のことはともかく、明るく前向きになれたのは良かった!

 

 

Aさんを通じて感じたのは、その人の本質的なニーズを知るためには対話の深掘りをしないといけないこと。

今回は深掘りというか、一掘りぐらいだったけど、ケースによってはもっともっと深く対話しないといけない。

そんなこと当たり前、だけど当たり前が難しい。

今回もこの対話がないと装具を提案できなかったかもしれないし、Aさんもリハビリをやめてたかもしれない。

そう思うとゾッとする。

 

今日もAさんはリハビリをして、帰りに買い物に行くらしい。聞くと奥様の目が悪いらしく買い物は自分がすることになったらしい。

この時期に水分を持ってないとのこと。それはアカンと指摘して、買い物へ見送った。

新しい職域って…結局、どうすればええの?

年が明けて一月が経ちました。年は明けてもコロナ禍は明けませんね。

皆さん、いかがお過ごしですか?

私の住む大阪は緊急事態宣言下なので、休みでもどこに行くこともなく、仕事後も飲みに行くこともなく過ごしています。

 

こんな時だからこそ、何気ない日常をアップデートするために、

・ほうれん草栽培

・子どもとの時間の過ごし方の工夫

・仕事を面白くするための勉強

をしています。

 

ほうれん草と子どもについてはFacebookでもちょこちょこ載せていきます。

ちなみに、ほうれん草は家庭菜園の師匠である通リハの利用者さんからGOサインが出たのでもうじき収穫予定!

 

ここでは、仕事について少し綴ります。

ご存知?の通り、私は理学療法士で、日々入院患者や介護保険利用者の方にリハビリというサービスを提供しています。

で、それが報酬になり法人の利益になり、私の給料になる、と。

だから患者さん、利用者さんの心身機能を良くするために勉強して経験を積んでいくわけです。

 

そして、昨今言われている理学療法士の職域拡大。

病院、施設、訪問という柱事業だけでなく、地域リハやコンサルティング、産業分野などいわゆる「ヘルスケア事業」に理学療法士などのリハ職が参入しています。

 

臨床で得た経験や知識を地域社会に還元したい!

と思って、この分野への憧れや夢を持っている理学療法士も多いですよね。私もその一人です。

学会でも地域理学療法のコーナーとかとても人気ですし。

 

でも、挑戦したけど挫折してしまう、いやほとんどが憧れて終わるのではないかと思います。

起業や事業責任者として華々しく活躍されている方もいるにはいらっしゃいますし、私のような者にとっては憧れです。

 

学会で地域リハや自立支援についての発表を聞いても「それええなぁ!」やけど「自分の周りにそんな環境ないし、結局どうすればええの?」で終わってしまい今の日常業務に落ち着くという…なんともやるせなさが残る日々!

 

だからなぜ失敗したり、「結局どうすればええの?」で終わるのかを最近考えてます。

 

結局、臨床力を新しい職域に活かすのは「そのままでは無理」なんですよね。“相手”が違うので。

事業になると相手、つまりお客さんが誰かを考えて相手の立場で物事を考えないと成り立ちません。

この能力、臨床の理学療法士って苦手です。

なぜなら、医師から出たオーダーにより自動的に相手ができて、その人にリハビリというサービスを提供することに何の疑問もなく介入するから。

 

新しい職域で働くための「結局どうすればええの?」の答えは、

「person centeredで考える習慣をつける」

その人らしさって何?大事にしてることは?など。

 

日々の臨床で相手にしている方々に対してこう考えることが、今後の新たな職域で働く時に役立つはず!と、思って実践している日々。

患者さん、利用者さんに理学療法士としてできることは万能ではないけど、一歩引いて人としてできることを考えてみると解決する問題もあると実感しています。

 

今回も長々書いたけど、仕事にやりがい、働きがいを求めるために大事なことだと学んだので綴りました。

転倒予防はwell-being?

最近、転倒予防についてよく考える。

きっかけは、

屋外を歩く時、必ず娘さんに背中を引っ張られて支えられてる通所リハの利用者さんを見てから。

2度の転倒による骨折を経験しており、前につんのめって歩くから娘さんが後ろから引っ張っている。

 

「前につんのめって歩く」から「後ろに引っ張る」という介助自体は分かる。

骨折したら本人は痛いし、家族も入院や手術となると時間・金・手間がかかるし大変。

だから転倒しないよう後ろから引っ張る。

 

でも、転倒し骨折するまで普通に外を歩いてた人が、その後「娘に後ろから引っ張ってもらって外を歩く」というのは普通の姿なのだろうか?

そもそも、一人で外出ができないこと自体が辛いことだし、付き添う家族も自分の時間と労力を犠牲にしている。

 

転倒は高齢者の自由や自信を奪ってしまう。

活動を制限されると孤独になってしまう。

 

高齢者が転倒やその恐怖から逃れられたら自立してwell-beingな生活が送れるだろうな。

 

なぜ転倒するのか?なぜ転倒は高齢者の自信を奪うのか?

転倒予防には何が必要か?

どうすれば実現可能か?

これらについて、スモールステップを踏んでいこうと思います。

 

まずは転倒について知る。

FBで予告してた通り、英論文読みましたよ!

他に和論文もいくつか。

 

わかっちゃいたけど、高齢者の転倒は単一因子じゃない。

筋力低下、環境整備、服薬状況、気分、所得・役割など…

多因子の交わりで起こるから、転倒予防は難しい。

だから介入には個人の評価が必要。一方で運動機能低下はやはり最重要課題。

だからPTとしての役割も大きい。

 

また、WHOのレポートには「転倒は高齢者の自立した生活を奪い、自信を失わせる」と書いてあった。

そして転倒予防は費用対効果の高い取り組みだとも。それだけ世界中で転倒とそれに伴う障害の影響は大きいようです。

やはり転倒予防はwell-beingにつながるか。

 

今後も転倒予防に関する知識の蓄積と、現場へのアウトプットをして体験学習していきます。

まずはきっかけになった通所リハの利用者さんからしっかり評価していきます!

community based

こんにちは。

 

先日の初ゴルフで、胸椎回旋の可動域の重要性を再確認しました。

胸椎回旋がうまくいかないと手で振るだけになるからうまく当たらんと思うのだけど、中高齢ゴルファー達は経験でカバーしているのか?それともゴルフしてるから可動域が維持できてるのか?

後者だとすると介護予防としてはかなり良いですね。いっぱい歩くし。ゴルフすばら!

 

さて、ゴルフのように歳を重ねてもスポーツができるのはとても良いことです。スポーツじゃなくても趣味の継続は参加ですし、ICFでは重要ですよね。

でも、私もですが大して趣味のない人はいっぱいいるし、高齢になってから無理矢理趣味や地域の集まりに参加するのも変なことです。

そこでゴール設定として重要なのがcommunity basedで考えることだと最近気づきました。

 

暮らしの環境や生活圏域をベースにして対象者を考えることです。

地域包括ケアシステムにより、国は地域との繋がりを事業所に求めています。

地域包括ケアは住み慣れた地域で最後まで自分らしく…といったコンセプトで、文言を見るとすごく良いことですが、コレ、浸透してますか?

正直、私はいまいちピンと来てない。

 

地域包括ケアの言葉を借りると、「その人のその人らしい日常を住み慣れた場所で最後まで続ける」ことを目指すならば、デイサービスなど通所サービスはそのための「手段」です。

そこで行われるのは心身の廃用を改善・予防するための運動や交流ですよね。

 

ところが、運動習慣をつけるために、他者との交流の機会のためにデイサービスを使いましょうね。と言って、デイサービスを利用し続けるケースが非常に多い。

デイサービスに通い続けるという姿は、「その人らしい、住み慣れた場所で、」なんでしょうか?

 

デイサービスに行くことが目的になり、手段の目的化が起こってしまっています。

結果として、デイサービスの乱立を招き、ますます地域と本人を引き離していくのではないか?

 

手段の目的化を招いているのは、

“サービスの効果判定をその人らしい生活の中で行えていない”から。

つまり、community basedで評価ができていないからと思います。

 

私は通所サービスのやりがい且つ難しさは、「そこでできるようになった機能をいかに自分の暮らしに拡げるか」だと思っています。

 

歩行速度が速くなっても、通所中に笑顔が増えても、その人をcommunity basedで見たら、家族が過干渉で本人は歩けるのに家から出たらダメと言ってるかもしれないし、独居でインターネットもないから家にいたら誰とも話さないかもしれない。

そんな環境ではせっかく良くなった機能を生活に拡げられません。

 

本人や家族が「体が弱ってきたからリハビリできるようにデイサービスに行きたい」と言ってきても、どんな時に弱ったと感じるのか、どんな環境で住んでるのかを把握するのが専門職ですね。

 

理想と現実の違いはあって当然で、実現は難しいとも分かっていながら、形にしとかないとすぐ楽な方に流れてしまう自分がいるので、戒めの意味を込めて綴らせていただきました!

 

サードプレイス

送迎サービスの“ほぼ”ない通所リハを始めて1年7カ月。

何でうちに通うんだろうって言うぐらい遠い所から来てくれる人も何名かおります。

 

「何でうちに通うんだろう」の理由。

それは通所系サービスが持つ役割、“その人のサードプレイスになる”ことができてるからではないかと思いました。

それを気付かされた今日の利用者さんのエピソードです。

 

この利用者さんは腰痛持ちなのですが、ご主人の介護をしています。

これまでご主人に対する愚痴は数多く聞いてきました。介護は大変だなとつくづく思います。

 

今日利用者さんから「ついに腹たったから〇〇って言ってしまいましたよ。主人は応えてなかったけど」と(〇〇は想像してください)。

 

今まで多くの愚痴を聞いてきたけど、この人はそれを笑いながら言う。

更に「こんなこと近所で話したら周りに何て奴やって思われますから」と。

 

家庭でもご近所(や職場)でもない、それがサードプレイスです。

それがあるからストレス発散の循環ができる。

短時間通所リハだからと機能回復だけに囚われていたら気づかなかった自分の事業所の魅力と役割。

この利用者さんにはありがとうと言いたい!

 

実は続きがあり、この利用者さんいわく

「主人がデイから帰ってくるとなんかホッとするんですよ。いたら厄介で困るのに」

「娘には“愛はないけど、情は残ってるんじゃない?”と言われました。なるほどって。それが残っている間は介護頑張ろうって思います」と。

この娘さんの言葉にとても感銘をうけました。

 

この利用者さんの人生の楽しみは、介護から解放された時に待ってるからそれまで動ける身体でいようって目標を立てていたから猛烈に反省しました。

表面だけの言葉を鵜呑みにするのってホントもったいないなぁと。

 

私たちには当たり前にあるサードプレイスが身体が動かない、友達が亡くなったなどの理由で高齢者、要介護者には少なくなっていきます。

 

通所リハである限り、機能回復はもちろん、サードプレイスの役割をしっかり全うした事業所であり続けようと思います。

大学院行った価値

最近、大学院行ってよかったーと思うことが少し増えてきた。

別に学位が役立ったとか、それでモテたとかじゃない。

 

それは、「物事の見せ方・伝え方と論理的思考」

 

もちろん、これは大学院に行かなくても身につけることのできる能力だけど、自分はそこで身に付いた…いや、必要性を感じることができた。

 

まず、物事の見せ方・伝え方は後輩指導や患者教育、他職種との対話で重要になる。

大学院はもちろん研究をする、手法を学ぶ場所だけど、自分の想いを形にしてプレゼンする機会がいっぱいある。プレゼンの経験学習にはもってこいの場所だ。

①まず自分が理解してないと他者にうまく伝えられない。

②わかりやすく伝えないと他者は理解してくれないし、理解できないと話を聞いてもらえない。

③例やスライドなど、わかりやすく伝えるための努力をする。

立場的にどうしても相手に伝える機会が増えたのでこれを繰り返すうちに強化されてきたと自分でも実感してきた、今日このごろです。

 

もう一つ、論理的思考は理学療法士ならどんな場合でも役に立つ。

研究では…

一般論や社会情勢を読み取り、そこにある問題点や課題を見つける。それを計測できる方法を考えて実践する。結果をわかりやすく示し、分析する。そして現場に落とし込む。

臨床では…

情報収集して評価して、治療して、結果を見る

ほら、ほぼ同じ。

 

新しい仕事を企画したり、他人に任せるので説明したり、したことないけど起業するのもこの論理的思考がないといけないんだろうな。

 

前まで、研究しないと意味ないなーとか、学位を金で買っただけとか言ってたけど、どうやらちゃんと役立ってるみたい。

まぁ一番身に付いて、誇れるのは働きながら大学院卒業したガッツやけど(笑)

体験者は語る

TRAPE鎌田さんの言葉

・高齢者は常に孤独

・孤独から救うには対話するしかない

 

最近、僕は午前は通所リハ、午後は老健という働き方になり、高齢者と関わる頻度が増えた。

そこで「高齢者は孤独」だから専門職と「対話」することで自分の想いや向かいたい方向を気づかせてあげることが大事、と感じることができた。

 

この「対話」が大事と気付いたことで一つ納得いくものも見つかった。

それは僕が理学療法を好きでいられる理由。

 

僕が理学療法を好きでいられるのは、

「困難症例を在宅に帰し、その人の想いを実現させる手伝いができた」

という成功体験を毎年のように経験できているからだと思う。

これには体験した者しか味わえない達成感がある。

 

今思うと、これらの成功体験には、全て密な対話が存在している。

・本人、家族の想いを聞く対話

・主治医と病状やリスクに関する対話

・ケアマネや看護師と連携をとる対話

平たく言えばチームアプローチで当たり前のことかもしれないけど、何人の人間が当たり前にできてるんだろう?

 

僕には徒手療法のすごいテクニックや解剖の莫大な知識はないけど、

「患者さんや利用者さんのためになんとか!」って想いは標準以上に持っていると思う。

だから、「どうしたいか」「僕はこう思うけどどうか」と対話を繰り返し、結果が出る。

 

対話から成功体験を重ねて、今の仕事が好きでいられる。

この価値観、多くの人と共有したいですね!